
こんにちは、Miyabiだ。
先日読んだ「現代思想<恋愛>の現在」の記事の1つに、
恋愛に性愛や身体性を求めるという前提があるのならば、身体にギャップを感じているトランスジェンダーは恋愛ができないのでは?
という内容のものがあった。
プラトニックな形もあるけど、恋愛の内容に身体のふれあいが含まれるんだったら、確かにそこにコンプレックスある人は尻込みしちゃうかも……?
今回は
- トランスジェンダーとは?
- 恋愛の身体性について
- トランスジェンダーは恋愛ができないのか?
についてお話していこう。
目次
トランスジェンダーは恋愛できない?
トランスジェンダーとは

まずはトランスジェンダーとは何かについて見てみよう。
トランスジェンダーとは、生まれた身体の性別(身体的性)と自分をどの性として認識しているか(性自認)が一致していない状態のことを指す言葉だ。
身体的性と性自認……
人間にはセクシュアリティという4項目がある。
- 身体的性……生まれた身体の性別。生物学的性別のこと。
- 性自認……身体や戸籍の性別に関係なく、自分をどの性として認識しているのか。
- 性的指向……どの性に対して性愛感情・恋愛感情を抱くか、あるいは抱かないか。
- 性表現……ファッションや仕草、言葉遣いをどのジェンダーを意識してやるか。
この4項目はそれぞれ独立して存在する。
「身体的性が男だから、性自認も男で、性表現も男」って連動しているわけじゃなくて、それぞれが問い1,問い2、みたいに単独で成立しているってことだね。
ところで「トランスジェンダー」の説明が「状態のこと」ってあったけど、「人のこと」ではないの?
美少年くんの言うように、トランスジェンダーを「身体的性と性自認が一致していない人」という文脈で使われることもある。

だがあくまでも「一致していない」と違和感を抱いている状態が、「人間」の上に乗っかっている、というイメージなのだ。
性別適合手術をして戸籍の性別も性自認のものに変更したら、「一致した!」と納得する人も普通にいる。
なので「人」というよりも「状態」として言葉を扱いたいのだ。
なるほどね、「一致した」と思えばシスジェンダー(身体的性と性自認が一致している状態)って言えば良いし、手術とかしてても「一致はしてないな」って思ったらトランスジェンダーって言い続けても良い。
そういうプロフィールは自由ってことだね。
恋愛の身体性って?

上でも言ったように、「恋愛」というと性愛も含まれるのが、世間一般的な言葉の使い方だ。
距離感とかどういう関係でいるかとか、本人同士で決めるのが良いと思うが、暗黙の了解として性行為や出産などなどの身体性も要求される。
改めて「恋愛って何?」って考えるとちゃんと説明できないよね。
時代によっても価値観変わるし……
恋愛が必ずしも結婚に直結する時代は過ぎた。
だが今でも「結婚には恋愛が必要」という考えがとても濃いと、「<恋愛>の現在」にあった。
そして何故結婚をするかというと、「子どもを産んで育てるには……」と子ども中心で、相手を見つける前から念頭に置いて考えている人が多いとのことだ。
逆算的に考えると、恋愛するときに性愛関係は欠かせない感じになるね?

かつてのお見合い結婚のように、家族を形成するためには恋愛抜きでも結婚をして子どもを産み育てる形もある。
が、「お見合いなんて、恋愛で自由に結婚相手を自分で見つけるのが良い」ということで、お見合い結婚と恋愛結婚との数が逆転した後から、このような形が続いていると考えられる。
とすると、
「恋愛するのに身体を使うのが普通」
「自分の身体、好きじゃない・納得がいかない」
「恋愛、するのやだな……めんどいな……」
って流れが出てきざるを得ないと思うのだ。
顔に自信がない、筋肉がない、身長が納得いかない、色んな部位のサイズが納得いかない、などなど。
その1つにトランスジェンダーがあると感じる。
トランスジェンダーの身体性、恋愛の身体性
トランスジェンダーの身体のギャップと、恋愛の身体性

トランスジェンダーは身体的性と性自認が一致していない状態だ。
恋愛感情・性愛感情をつかさどる性的指向とは関係のないアイデンティティなので、トランスジェンダーの恋愛はヘテロセクシュアル(異性愛)・ゲイ・レズビアン・バイセクシュアル・アセクシュアルなどなど、人によって様々だ。
トランスジェンダーの性的指向は、性自認の性別から「異性」「同性」って考えるよ。
「身体的性と性自認が一致していない」っていうのは、「性自認」が上で「身体的性」が下なので、性自認が中心となる。
なのでトランスジェンダーにとってどっちが重石となるかというと、身体的性や、それに伴う他人からの認識だったりする。
性自認にそった身体で、性自認通りに他人からも自然に認識されたら、どんなに良いか……!
恋愛には身体を使うことが暗黙の了解と言った。
トランスジェンダーだと
- 「パートナーにちゃんと性自認の通りに扱ってもらえるのだろうか?」
- 「裸を見せたら、性自認の通りに扱ってもらえなくなるのではないだろうか?」
- 「身体的性が嫌なのに、結局は身体的性でしか見てもらえないのではないだろうか?」
- 「そもそも自分で自分の身体が違和感まみれで気持ち悪い」
と、恋愛する以前にガラガラと自己肯定感が崩壊してしまいがちになってしまう。
これが「トランスジェンダーは恋愛ができない」説に結びついてしまうのだ。
え、じゃあどうすれば良いの?
身体はあなたの身体、「これが当たり前」ではない

このコンプレックスは、
「男は男の身体でこういうもの、女は女の身体でこういうもの」
という「当たり前」に起因している。
身体的性としては、そうなんじゃないの?
トランスジェンダーでホルモン治療や性別適合手術をしたら、この「男は男の身体でこういうもの、女は女の身体でこういうもの」という当たり前から、見た目が変わる。
治療をしているトランスジェンダー男性・トランスジェンダー女性・トランスジェンダーXジェンダー特有の見た目となるのだ。

僕はトランスジェンダー男性で、昔は自分の身体の見た目がとにかく嫌で仕方がなかった。
それがホルモン治療を続けることで身体が少しずつ変化した。
だがそれが「男の身体ならこう、女の身体ならこう」の両方ともと違う見た目で、これがちゃんと正解なのか分からなくなった。
そんなときセクシー男優やセクシーモデルのトランスジェンダー男性の姿から、
「あ、トランスジェンダー特有の美しさってあるんだな」
と、気づきがあったのだ。

今は18禁な画像くらいしかない。
一方で、少年・少女向けの漫画に「筋肉ムキムキな男性の半裸」「胸が大きくてくびれが細い女性の水着」の画像があって、子ども時代から「これが美しい身体なのか!」とテンプレを理解できる。
このように、子どもも見れるような画像で、トランスジェンダーの美しい身体のテンプレがあれば「トランスジェンダー」というだけでコンプレックスを抱くこともなくなると思うのだが、どうだろう?
もちろんテンプレだけが美しい身体ってわけじゃないけど、「美しいって思える可能性」があることは生きててすごく支えになるよね。

LGBTQ+は大人だけではなく、子どもも当事者となり得る。
実際に僕も幼稚園時代の物心ついた頃から、自分の性別に違和感を抱いていた。
大人のトランスジェンダーでも、自分が美しいと思えるトランスジェンダーのロールモデルが見つけられなくて「自分の身体はダメだ……」とコンプレックスで塞ぎ込んでしまう方がいる。
ここさえ見つけられれば、本当に自己肯定感は上がるのだ。
僕はアート作家で絵をメインに描く。
なので、自分の作品でもトランスジェンダーの美しさを出せたら良いなぁ……と構想を練っているので、出来上がったらまた報告したいと思う。
まとめ

今回はトランスジェンダーの恋愛と身体性についてお話してきた。
確かに、美しい身体を見せるトランスジェンダーのモデルがいなかったら、僕は恋愛が色んな重石を引きずっていて拒否反応があったと思う。
トランスジェンダーモデルが、生物学的性別が男性の男性モデルや、生物学的性別が女性の女性モデルとも違う美しさを提示してくれたからこそ、「自分も自信もって生きていいんだ」と安心できた。
これは例えるなら、日本国内のモデルではあまり見かけないが、海外の日本人モデルは切れ長一重・黒髪ロングでカッコよくファッションショーで歩いているのを見て、「一重でも黒髪でも美しいじゃん!」と思えるのと似ていると思う。
色んな特徴の「美しい」のテンプレがあれば、僕らは生きていくことができるのだ。