こんにちは、Miyabiだ。

ありがたいことに、このブログの中で「古代ギリシャの同性愛・少年愛」が アート・歴史に関する記事の内で1番読んでいただいているようになっていた。

皆さん、ありがとう。
今日はギリシャ美少年の話かな?

上の記事でもご紹介した古代ギリシャの美的センスというのは、ヨーロッパにキリスト教が広まるとともに消滅した。

だが、1400年代後半から起こったイタリア・ルネサンスによって

「古代ギリシャやローマの美男子の彫刻って、良くない?」

と見直され、それがレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロなどなどの傑作を生んだのだ。

今回はレオナルド・ダ・ヴィンチの師匠の師匠で、古代ギリシャ・ローマの美少年像を復活させた立役者・ドナテッロについてお話していこう。

ドナテッロとダヴィデ像

ドナテッロといえば、一番有名かつ人気なのは、この彫刻作品だろう。

「ダヴィデ像」(1440年頃)、バルジェロ美術館(Patrick A. Rodgers)

旧約聖書に出てくる、ダヴィデとゴリアテの闘いをベースにした作品だ。

当時イタリア・フィレンツェの市民の代表として、貴族ではないものの政治の世界に登場したメディチ家が依頼主だという。

ドナテッロは1386年生まれ、1466年没なので、このダヴィデ像は比較的晩年の頃に創られた作品ということになる。

彫刻家として、芸術家として、師匠として成熟した頃ってことだね。

↓ダヴィデ自身については、こちらの記事を参考にしていただきたい。

何故このダヴィデ像が高く評価されたの?

「ダヴィデ像」、バルジェロ美術館 (Patrick A. Rodgers)

確かに美少年だし上手だけど、何でこのダヴィデくんの彫刻が「傑作だ!」って言われてきたの?

そう、ただ「美しい」「上手」だけではアート史には残らない。

「美しい」以外に「革新的だ」と見なされたから、このドナテッロのダヴィデ像は美術史的に重要だと考えられ、現在でも有名なものとして伝わっている。

では、何が「革新的」だったのだろう?

実はこのダヴィデ像、ルネサンス期の彫刻作品において2つの「初めて」を成し遂げているのだ。

  1. ルネサンス期で初めての、自立型のブロンズ彫刻であること
  2. 古代ギリシャ・ローマ以降初めての、男性ヌードの彫刻であること

この2つ。

加えて、この新しい2つの特徴が当時のフィレンツェの空気とマッチした、というのも高く評価された大きな要因だ。(これには政治的な意図も多大にある)

ドナテッロはこのダヴィデ像で「新しいこと」をして、かつ、注文者であるメディチ家のある当時のフィレンツェの「現代観」を表現したから、この作品はアート史において重要なものだと見なされているんだね。

古代ギリシャの美少年観を約2000年後のイタリア・アート史に復活させたということで、ドナテッロはイタリア・ルネサンスの先駆者(「ルネサンス」という言葉には「古代復興」という意味がある)となったのである。

ドナテッロの、もう1つのダヴィデ像

実はドナテッロはこの傑作のダヴィデ像を作る30年ほど前の1408~09年にもダヴィデ像を作っている。

まずはこの最初期のダヴィデ像と比較してみよう。

「ダヴィデ像」(1408~1409年)、バルジェロ美術館(Sailko)

晩年の傑作の方は黒い彫刻で「裸に帽子とブーツの美少年」だけど、初期の方は白い彫刻で服を着ているんだね。

そう、美少年くんの言うように、初期と晩年のダヴィデ像は素材・表現が異なっているのだ。

初期の彫刻が白いのは、大理石を使っているから。

晩年の彫刻が黒いのは、ブロンズを使っているからだ。

また、初期ダヴィデはルネサンス以前のゴシック様式に影響を受けている。

ポーズは「こうしたらカッコイイ」的な思考のもと、ゴリアテの首を踏んでいるにも関わらず、悠々とした雰囲気を醸し出している。

その中でも「コントラポスト」という、「棒立ちじゃなくて、体をひねったら劇的でカッコイイ」という構図を取り入れているのも、注目ポイントだ。

一方で晩年ダヴィデは、それまでの彫刻の様式を打ち壊している。

え、そうなの
普通に見えるけどな……服着てない以外は。

そう、その「普通に見える」が新しかったのだ。

踏みつけているゴリアテの首をちゃんと意識した目線、脚のポーズが印象的である。

かつ、「服を着ていない」のも史実に忠実であって、むしろ兜とブーツを身に着けているのが創作的なのだそう。(当時の政治状況に関係する創作)

顔部分は、古代ローマの皇帝・ハドリアヌスの寵愛した美少年・アンティノウスを模した彫刻に影響を受けたと言われている。

ドナテッロはゲイだったのか?

晩年に美少年で裸体のダヴィデ像を作ったので、「ドナテッロは同性愛者なのではないか?」と長年論争がある。

実際ドナテッロの工房は美少年の弟子ばかりだったらしい。

顔面採用……?

とはいえ、「ドナテッロに男性の恋人がいた」という直接的な資料は無く、工房の弟子に関しても「親方の作品のモデルになる」仕事もあるので、作品化しやすい美男子がいただけとも捉えられる。

「同性愛者では?」と考えられたきっかけは、このダヴィデ像の美少年ぶりと男性ヌード作品という特徴からだ。

なので「古代ギリシャの彫刻から勉強した結果である」とも言えるし、「そもそもダヴィデは華奢な美少年で、巨人のゴリアテに石ころで勝利するという「神のご加護」を象徴する人物として語り継がれている」のでこの表現にならざるを得ない、とも言えるのだ。

ドナテッロのセクシュアリティについては資料不足なので、決めつけはしたくない。

いずれにしても、ドナテッロが晩年に美少年のダヴィデ像を作れたのは、彼の制作に対する努力と、当時出土した古代ギリシャ彫刻に対する研究の成果といえるだろう。

まとめ

今回はドナテッロとダヴィデ像についてお話してきた。

彼のこの作品で、ルネサンス彫刻の方向性が表され、結果、後にミケランジェロが有名な美青年で全裸のダヴィデ像を作るのに繋がったのだ。

ミケランジェロの「ダヴィデ像」(1501~1504年)

レオナルド・ダ・ヴィンチの師匠の師匠なので、ドナテッロはルネサンス期の芸術家の中でも最初期の人物となる。

晩年のダヴィデ像はまさにルネサンスの幕開け的作品だったのだ。

このブログではLGBTq+や美少年に関する情報やアートを勉強しつつ共有する方法で作っているので、重要なアートの1つ(もしかしたらLGBTq+アートでもあるかもしれない、という思いもあった)としてドナテッロを取り上げさせてもらった。

LGBTq+に関しては実用的な情報の他に、「自分は何者なのだろう?」「普通って何?」という哲学的な自問自答から「生きていても仕方がない…」という結論にならないためにも、「精神的支えになるもの」「新たな視点を発見できるようになるもの」が必要だと考える。

それにピッタリなのが、アート作品だ。

ただ「きれい」「上手」だと「ふーん」で終わるが、そこに「作者のこういう哲学が乗っかっている」「これが作られた当時は、こういう時代観だった」「作者にはこういう生い立ちやアイデンティティがある」などなど、いくつもの層が重なることによって、「良いアート」が生まれる。

今後も、LGBTq+やその周りの人のために、実用的な情報の他に、長期的に見て「役に立ったなぁ…」と思える情報を伝えていきたいので、見ていただければ幸いだ。