こんにちは、Miyabiだ。

ギリシャ神話には美少年が数多く出てきて、神々に愛されるストーリーがたくさんある。

アドニスもまた、美と愛の女神アプロディーテ(ヴィーナス)に愛された美少年の1人である。

今回はこの美少年・アドニスの登場する神話と、ギリシャ以外の地域の神との関係について、絵画作品とともにお話していこう。

アドニスとギリシャ神話

概要

ボッティチェリ「アプロディーテ(ヴィーナス)の誕生」

美と愛の女神・アプロディーテはある日、絶世の人間の美少年を見かけてその美しさに魅かれる。

その美少年が、アドニスだ。

アプロディーテは彼を庇護下において、体を動かすのが大好きな彼とともに森や野に行き、野兎や鹿などの狩りをして遊んだ。

そして「熊や狼など、こちらに襲ってくるような危険な動物を狩ろうとしてはダメ」と教育もしていた。

だがアドニスはこの忠告を軽く受け止めてしまう。

ジュゼッペ・マズオーリ「アドニスの死」

彼はアプロディーテのいないときにイノシシを狩ろうとして、逆にイノシシに襲われ、脇腹を牙でえぐられ亡くなってしまう。

アプロディーテが駆け付けたときは既に遅く、自らの血(他説・アドニスの血)、あるいはネクタール(神々の酒)を大地に注ぎ、そこにアネモネの花を咲かせた。

アドニスはアネモネに転生したのだった。

アドニスは誰?

パオロ・ヴェロネーゼ「ヴィーナスとアドニス」

アドニスのストーリーには

「アプロディーテがエロス(キューピッド)と遊んでいたとき、エロスに胸に矢を打たれた状態でアドニスに出会って恋に落ちた」

冥府の女王・ペルセポネと取り合った末、神の力でアドニスは狩猟中に事故死するように操作された」

「イノシシはアプロディーテの夫・アレスが変身した姿だった」

など、ものによって細かい違いがあるものの、大まかな流れは上に書いたものと同じだ。

ところでアドニスは何者だろう?

ギリシャ神話において、神々が人間の美女や美少年を見初め、天上の世界に誘拐したり人間界で一緒に遊んだりする話はたくさんある。

アドニスもまた、アプロディーテが地上に下りてきてのストーリーだ。

なのでアドニスも人間ということになる。

彼の出自については諸説あり、キプロス王子だったり、アッシリア王の娘の生んだ子だったりする。

いずれにしても、人間の高貴な血筋を持っている少年、と言える。

別の宗教の神であるアドニス

ギリシャ神話はオリュンポスの神々を信仰していた人たちの神話だ。

この神話には、それ以前や他の地域で信仰されていた宗教や神が取り込まれているものもある。

美と愛の女神・アプロディーテは、古代オリエントや小アジアで信仰されていた豊穣の植物神・地母神が由来になっている。

アドニスも別の宗教の神の1人だったとされ、春から夏にかけて豊かに茂り、秋から冬は枯れてしまう穀物の象徴として、死んで蘇る性質を持った植物神だという説がある。

そしてここでは豊穣の植物神、あるいは地母神として信仰されているアプロディーテが深く関わっている。

これが転じて、ギリシャ神話のアプロディーテとアドニスの話になったのだ。

ギリシャ神話にはアネモネに転生する様が描かれるが、「死んで蘇る」のがキリストの受難と復活に似ていることから後のキリスト教世界でもアート作品として受け入れられた要素の1つと取れる。

アポロンにも愛されていた

真ん中がアポロン

アプロディーテの他に、アポロンにもアドニスは愛されていたと言われている。

異性愛神話と同性愛神話が同時にある美少年ということで、アドニスは「中性」あるいは「男性と女性の境が曖昧な人」として見られていた説もある。

「バイセクシュアル」という観点からすると彼の性別に言及する必要は無さそうだが、男性と女性の境が曖昧というのは性自認(心の性別)と同時に、生物学的性別(体の性別)、性表現(ファッションやしぐさなど)、ジェンダー(社会的な性別の役割)に関しても「曖昧」ということらしい。

アドニス祭

コルネリス・ホルステイン「アドニスの死を嘆くアプロディーテ」

アドニスが亡くなったときにアプロディーテが「アドニス祭を行ってあなたを祀る」と誓ったことから、古代のギリシャやシリアなどでアドニス祭が執り行われた。

これは女性による祭りで、「アドニスの庭」と呼ばれる小さな鉢植えに小麦や大麦など成長の早い植物を植えることからスタートする。

その次に女性たちははしごを使って自分の家の屋根に上り、真夏の太陽が当たるところに置いて、芽を出させ、そして枯れさせる

アドニスの庭を持つ女性たち

この間、アドニスのためにお香を焚いておくそうだ。

屋根の上においた芽が枯れたのを確認すると、公共の場で女性たちは慟哭し、服をかき破り、胸を打ち、アドニスの死を悲しむ

そしてその鉢植えを海に投げて供養するところで終了する…と言った手順だ。

アプロディーテがアドニスの死を悲しんだことの再現と見て取れる。

オリエント発の神ということからか、かなり猛々しい印象の祭りだ。

「美少年」という価値観とアドニス

ギリシャ的美少年

フランソワ・ルモワール「アドニスとヴィーナス」

「美少年」という単語が「美しい」少年という曖昧な言葉でできていることから分かるように、

「少年がどう美しいか?」

「どんな特徴を持った少年を「美少年」というか?」

時代によって、個人の好みによってかなり変わってくる。

今回のアドニスが命を落としたのが狩猟の最中というのは、古代ギリシャ的な「美少年」ぽさを感じるエピソードだ。

「ドリュポロス(槍を持つ人)」

アドニスはイノシシに槍を投げたが、槍投げ自体が古代オリンピックの競技にあったスポーツであり、古代オリンピックでは男性選手が全裸でオイルを塗って出場したように筋肉賛美なところがある。

古代ギリシャにおいて良き少年の条件が、運動能力に優れていること、道徳的なことだった。

特に肉体面においてはオリュンポスの神々を模して造られたギリシャ彫刻のように、「神々に近い肉体」を目指していたようだ。

なので狩りという運動をした末に亡くなってしまうアドニスには、先ほど言った「死と蘇り」の他にこのギリシャ的な美少年観が付随しているのではないか、というのが僕の考えだ。

「アドニス」的という美少年の形容

「アドニス」

欧米では美少年のことを「アドニス」と例えるものらしい。

日本語の歌舞伎から発生した色男を指す言葉、「二枚目」と似た感じだろう。

僕も最近オスカー・ワイルドの小説「ドリアン・グレイの肖像」で、美少年のドリアンを形容するのに「若きアドニス」と書かれているのに気が付いた。

アドニスのストーリーを知ってから見ると、アドニスに例えられた美少年は健康的で色艶の良い少年を思い浮かべられる。

「アドニス」の解釈

ベンジャミン・ウェスト「死せるアドニスと悼むヴィーナス」

アドニスのストーリーには男性と女性、神と人間、アドニスの出自である王家が出てくることから、この物語の解釈の仕方も、語られる時代によって変化してきた。

古代ギリシャでの男性像・女性像というジェンダーの解釈が加わること、またキリスト教が西洋を統べてからはキリスト教的道徳観が男女の恋愛ストーリーに加わってくる。

また現代に入るとゲイの意味合いも加わってきた。

1950年代の日本では、初めてのゲイの雑誌に「アドニス」の名がつけられた。

これはゲイの同人サークル「アドニス会」の発行で、三島由紀夫なども寄稿した雑誌だという。

有名なゲイ雑誌「薔薇族」が1970年代に発刊なので、それの20年ほど前となる。しかも戦後すぐだ。

これはアドニスが同人誌で、薔薇族が商業誌という違いがあるだろうが、その初めてのゲイの雑誌に「アドニス」の名が冠せられたのは、彼が美少年だったこと、古代ギリシャの少年愛文化に発する同性愛史などなど、色んな意味合いが絡んでいそうで深読みが楽しい。

まとめ

今回は女神・アプロディーテに愛された美少年・アドニスについてお話してきた。

古代ギリシャはそれ以前の神を吸収してオリュンポスの神々を作ったが、エジプト神話との共通点が見いだせたり、果てはシルクロードを通ってヒンズー教や仏教美術にも共通点を見出すことができる。

なのでギリシャ神話を読んでおけば、直後の古代ローマへの影響だけではなく、世界中の神話との共通点を見いだせたり、欧米で書かれた手紙や小説に登場する例え(故事成語みたいな)が理解できたりして面白い。

今回のアドニスもアポロンやバッカス、ナルシス、アンティノウスなどと同じく、美少年神話であることから現代の美少年文化やゲイの文化に通じていることが分かる。

僕としては「また美少年が死んでしまった…」という無念さがふつふつとしてくるが、今回は「アドニス=穀物」というオチがついているので納得感は他の美少年神話よりも感じる。

若さ。若さって何だ。

愛。愛って何だ。

宇宙刑事ギャバンの歌詞が美少年エピソードを見るたびぐるぐる沸きあがってくる。