こんにちは、Miyabiだ。

モードの帝王でありファッションブランドで有名なイヴ・サンローランの映画は、数本作られている。

今回は2014年、ピエール・ニネ主演のものをご紹介しよう。

耽美好きの友人が公開当初おすすめしてくれた映画なのだが、イヴ・サンローランが21歳でディオールの後継者に任命されコレクションを任されるところから始まり、その隆盛と堕落を恋人のピエール・ベルジェを通して描かれている。

今回は映画「イヴ・サンローラン」を元に、実際のサンローランのLGBTq+などのセクシュアリティ、ジェンダー、人種などの解放を目指した作品作りについてお話していこう。

映画「イヴ・サンローラン」

映画の概要

「イヴ・サンローラン」ポスター

まずはじめに映画の概要についてお話していこう。

映画はアトリエで机に向かい服のアイディアを紙にスケッチしていく後ろ姿からスタートする。

使っている鉛筆がデッサンでよく使う鉛筆で親近感を覚えたりした。

「イヴ・サンローラン」冒頭の仕事シーン

21歳でクリスチャン・ディオールの後継デザイナーに抜擢され、緊張の中最初のコレクションを成功させる。

ファッションは好きだけど事務的な対応などは苦手にしていたり、内向的な性格をしていたようだ。

加え、当時はゲイが差別されていた時代でもあり、兵隊に召集されたサンローランはその環境によって精神を病んでしまう。

そこで支えになったのが恋人のピエール・ベルジェだった。

「イヴ・サンローラン」左・サンローラン、右・ピエール

彼はサンローランが兵隊から帰って自分のメゾン(ブランド)を立ち上げたときも、その後のブランドも、私生活も、出資・経営・マネジメント・交渉・来客対応・酔っぱらったサンローランの介抱などなど、映画全編を通して支え続けている。

イヴ・サンローラン(YSL)のメゾン最初のコレクションをやり、70年代を匂わせるドラッグやセックスに溺れるシーン、新たなコレクションの発表と、映画は時系列順に進んでいく。

サンローランは2008年に亡くなったのだが、ラストシーンは冒頭にサンローランがデザイン案を描いていた机に年老いたピエールが寄り添うところで終わる。

「イヴ・サンローラン」メゾン立ち上げの打ち合わせシーン

裏で堕落しつつも、デザインの才能や時代の嗅覚でスポットライトを浴びたサンローランと、ひたすら裏方に徹してブランド・イヴサンローランを支え続けたピエールの二人三脚がテーマとなっているのだろう。

実際のピエール・ベルジェが撮影協力をしているので、背景に映る本物のイヴ・サンローランの歴々マスターピースが登場している。

また、時代ごとのコレクション発表の場や、ディオールの作ったウエストで絞ってプワッと広がるニュールック、ココ・シャネルを発展させたパンツスタイルが出るといったファッションの変遷など、ファッション史の白黒の写真でしか見られないものが映像化されて再現されていたのは隠れた見どころだと感じた。

映画だけでは分からないサンローラン

「イヴ・サンローラン」

伝記物にありがちだが、映画だけでは正直、サンローランの凄さややり遂げたことが分からない。(ピエールの苦労っぷりは伝わった)

キャラクターを作るときは「長所」「短所」「得意」「苦手」など分かりやすく生成してストーリーの起承転結と反応させるのが映画や漫画の作り方だが、現実に存在する人間には色んな面が複雑に絡み合って、「キャラクター」生成がそもそも不可能なのが原因だ。

ということで、ここからは映画に絡めて実際のサンローランについて見ていこう。

セクシュアリティ、ジェンダー、人種

ゲイというセクシュアル・アイデンティティ

左・イヴ・サンローラン、右・ピエール・ベルジェ

恋人のピエールの目線で映画が作られていることから分かるように、サンローランのゲイのセクシュアリティがどのシーンでもストーリーのベースになっている。

ゲイであることから残酷な虐めに会ってきたことがサンローランのセリフから判明するように、彼の少年・青年時代である50年代はLGBTq+の人権運動が戦争によって断絶された時代だった。

現在では考えられないが、ゲイやレズビアンなどを「治療する」ために、20世紀の末頃まで精神病院で同性愛が治療対象になっていた事実も存在していた。

躁うつで精神病院に入れられたサンローランを見舞いに来たピエールが、「本人とはどのような関係で?」という病院側の問いに「…友人です」と答えるシーンにも、LGBTq+の窮屈さを感じる。

そんな時代の中、70年代に自身のブランドでフレグランスを発表したとき、サンローランは自分のヌードを広告にしてゲイというセクシュアル・アイデンティティを全世界に向けて表明した。

広告

この広告はゲイ・アイコンとして伝説となった。

映画内でも主演のピエール・ニネが見事に再現している。

サンローランを演じたピエール・ニネは本人に風貌が非常に似ていて、こういった点でも楽しめる。

映画中に夜の通りでゲイの男性(プロ?)と絡んで、警察に補導されるなど、同性愛がアングラに描かれるのも70年代の時代柄な感じがする。

ゲイやアングラ作品といえば、日本では寺山修司が同時代に活躍している。

女性のジェンダーをファッションで解放する

「イヴ・サンローラン」仕事シーン

ファッションは直接日常とも繋がっていることから、時代の変わり目とファッションの変わり目は常に同時に起こっている。

20世紀初頭は第一次世界大戦などで女性が従来男性が就いていた仕事に就くようになり、各家庭でメイドが雇えなくなった。

ここから紐やボタンだらけのコルセットドレスが廃れ、1人で着られる服が発明された。

第二次世界大戦で布の供給が少なくなると、ひざ丈スカートがファッションのトレンドになった。

サンローランを後継者にしたディオールの発明したニュールックは上品なおしゃれでありながら気軽で、戦争で心が落ち込んでいる女性に活気を取り戻した。

サンローランが活躍した20世紀後半は本格的な女性解放の時代だ。

ベティ、サンローラン、ルルの写真

映画では中性的な魅力を放つ長い金髪で長身の女性・ベティをモデルにスカウトし、その直後に行われた新作「スモーキング(タキシードの意味)」の発表にそれを見て取れる。

スモーキングは女性用にタキシードをアレンジしたスタイルだ。

女性用のパンツスタイルといえば1910年代のココ・シャネルが偉大なるパイオニアだ。

だが彼女の提案は新しすぎて、当時の社会には受け入れられなかった。

「パンツスタイルの女性はレズビアンだ」という女性蔑視とレズビアン差別の重ね掛けにより、60年代でパンツスーツが働く女性のファッションとなってもレストランなどではパンツスタイルの女性は入店を断られた

これを打ち壊したのが、イヴ・サンローランの66年発表「ル・スモーキング」だった。

イヴ・サンローランのスモーキング・ルック

これにより女性のパンツスタイルもフォーマルファッションとして世間に認知されると同時に、「女性は男性のエスコートを必要としない」という意志表明もされたのだ。

他にも女性のミリタリーファッション、シースルーファッション、サファリルック、パンタロンと、従来のジェンダー観で縛られ窮屈になっていた女性をファッションによって解放したのだった。

有色人種をモデルに起用

「イヴ・サンローラン」のショーシーンでは有色人種モデルも映っている

ファッションやメイク業界、モデル、タレントたちが必ずといって良いほど「憧れの人物」「尊敬する人物」として名前を挙げられるスーパーモデル、ナオミ・キャンベル

彼女とサンローランにこんな逸話がある。

ヴォーグと言えばファッション業界で多大な影響を誇る雑誌で、1892年に創刊されて以来現在まで力強くトレンドを発信している。

ある日ナオミはサンローランに「フランス版ヴォーグの表紙に私はなれない。黒人モデルを起用しないみたいだ」とこぼした。

するとサンローランはすぐに「僕に任せて」と言い、その後ナオミはフランス版ヴォーグ初の黒人モデルとして表紙を飾ることとなった。

現在の活躍を見ると、ナオミはかなり優れたモデルだったのだろう。

才能さえあれば肌の色は関係ない。

それを素早く実現し、証明したのがイヴ・サンローランだった。

有色人種モデルには日本人からも川原亜矢子を起用しているとのこと。

異文化からのアイディア

「イヴ・サンローラン」

アートもファッションも西洋のものだった。

西洋圏でないものはアウトサイダーと見なされ、日本美術も19世紀のジャポニズムがあったものの、本筋のアートとは見なされていなかった。

それが20世紀後半から世界的なアートの祭典などで非西洋圏のアートを展示テーマにしたり、最近では西洋以外の出身のアーティストを芸術監督に起用したりしている。

映画ではピエールが疲れ切ったサンローランといっしょにモロッコに旅に出るシーンがある。

マラケシュの絨毯

そこでドラッグと思しきものを食べたり、いかにも「異文化」な布や景色に囲まれたり、新作の発表に追われて病み始めたサンローランに新たなインスピレーションを注ぎ込むものだった。

実際のモロッコのマラケシュに行ったときのサンローランについての記録がある。

マラケシュでの生活で、布地や刺繍に興味を持ったようだ。(略)

慎ましくエレガントで、これまでになく新しく、絶対的だった。

セシル・ビートン(写真家)、「ファッションを変えた100のアイデア」BNN新社より

70年代あたりはヒッピーブームで、自然派でアジア的な文化が流行った。

また、76年にエキゾチックな農民風な要素を取り入れたロシア風コレクションをイヴ・サンローランは発表している。

映画中で60年代は不発だったとモノローグが流れるが、この時期もバイカーに人気なパンクの象徴・レザージャケットをお上品なオートクチュールコレクションに登場させるなど、サンローランは様々な異文化からアイディアを取り入れていた。

ゲイ、女性、有色人種の解放や異文化のミックスは、従来のクチュールの顧客や評論家に不評だったが、若者に圧倒的に支持されてきた。

これがサンローランの強みなのだと思う。

まとめ

イヴ・サンローランはファッションを通して色んなアイデンティティの人々を救ってきた

映画ではサンローランとピエールの2人を映している背景で、有色人種モデルが映っていたり、異文化のエッセンスの入ったファッションが映っていたり、偉業をサラッと自然に示しているので、今回はここを補強してみた。

差別や人権問題を自身の作品を創ることで直接当事者に自信を持たせることで救ってしまうのは、アーティストの強みだと思う。

しかも誰かに着られて初めて成立するファッションは、その力が絶大だ。

映画のストーリー自体は少々じれったく「コンパクトな前半30分でじゅうぶんでは?」と感じてしまうが、ファッション史と照らし合わせると面白いかもしれない。

このイヴ・サンローランの成したことを知った上で映画「イヴ・サンローラン」を観れば、「「あの」イヴ・サンローランのプライベート」が垣間見れる、偉業の影に隠れてしまった恋人のピエールの存在を知ることでサンローランの活躍の認識に厚みが出る作用もある。

また映画の画面作りが、オートクチュールのイメージと共鳴させていて美しい。

LGBTq+の対応を勧めると「まだ女性問題もあるし…」としぶる企業が多いと小耳によくはさむ。

だが「人を大事にする」という面で考えると、女性もLGBTq+も外国人も同じなのだ。

社会に差別されている人たちを同時に解放したイヴ・サンローランは、ここの点をちゃんと考えているのだなという印象を受けるし、その実行力を僕も見習いたい。