
こんにちは、Miyabiだ。
1789年から起こったフランス革命は教科書を始め、漫画や舞台でもお馴染みだろう。
国王・ルイ16世、王妃・マリーアントワネットが処刑されたことで有名だが、実は市民側にも祭り上げられた革命の犠牲者がいた。
それが今回の主役、「美少年」ジョゼフ・バラ、14歳だ。
彼は「美少年」としてアート作品にその姿を描かれた小さな偉大なる英雄だった。
今日はこのジョゼフ・バラについてと、「美少年」が為す役割についてお話していこう。
目次
フランス革命と美少年
ジョゼフ・バラとは?
ジョゼフ・バラとはどんな人物だったのだろうか?

ジョゼフ・バラは、フランス革命の起こる10年前の1779年にフランスに生まれた。
つまり彼は10歳で自分の国のシステムがひっくり返るのを見たのだった。
冒頭にフランス革命は1789年から起こったと言ったが、実はその後、ナポレオンが新しく政府を作る1799年までの10年間、革命派と王党派で争いや戦争が続いていた。
日本の幕末も、井伊直弼が暗殺される桜田門外の変から明治政府樹立まで年数がかかっているし、樹立後も戊辰戦争が続いていたので、革命とは10年単位のものなのだろう。

国王・ルイ16世が処刑された1793年、ヴァンデ地方で反革命軍が王党派として、政府に対して「ヴァンデの反乱」を起こした。
このヴァンデの反乱に、ジョゼフ・バラは革命派軍の少年鼓手として参戦した。
その後、捕虜になってしまったバラは、王党派に「国王万歳と叫べ」と言われたのを
「共和国万歳!」
と叫んだことで処刑されてしまったのだった。14歳だった。
少年鼓手は「美少年」となる

僕は「美少年とは概念だ」と思っている。
「少年」といえば誰でも「未成年の男子」で納得だろうが、「美少年」となると
「天使のような子」「文武両道」「イケメン」「中性的」「性別は関係ない」などなど、人それぞれの価値観や美意識が出てくるからだ。
ここが美少年の難しいところであり、楽しいところでもある。
ジョゼフ・バラもまさに概念として死後、フランス革命を支えた。
幼い少年が革命軍として参戦し、死の恐怖の中でも「共和国万歳」と叫んだことは、まさにドラマだったのだ。

フランス革命を起こした急進共和派である政治家・ロベスピエールは、このエピソードを使えるとふんだ。
そこで同じ政治派閥であり画家でもあるダヴィッドが「ジョゼフ・バラの死」と題した油絵を制作した。

美少女のような美少年が裸体で美しく横たわっている。
絵画のサイズもちょうど少年が実物大でそこにいるようになっている。
実際、彼がどんな見た目をしていたかは写真も生前の肖像もないので分からない。
だが彼は、ロベスピエールの「自由こそが、これほど偉大な人間を生むのだ」という称賛とダヴィッドの絵画の元、「美少年」として概念化されたのだった。
プロパガンダとしての美少年
ジョゼフ・バラの死の影響
18世紀末なので、時代的に写真はまだ存在せず、模写でもしない限りダヴィッドの描いた油絵はチラシのようにバラまけない。
とはいえ、ロベスピエールの演説で「14歳の革命派の英雄がいる」ことは広まっていた。
そのロベスピエールを政治的に補佐していた画家・ダヴィッドのバラの絵は、「14歳の革命派の英雄がいる」事実を視覚的に補強した。


「14歳の幼い英雄は、こんなに美しい少年だったのか…!」
「こんな健気で美しい少年を、よくも……!」
と、熱狂させるのに十分すぎた。
そう、これはプロパガンダだったのだ。
政治家はプロパガンダに何を求める?

プロパガンダについての本を読んでみると、プロパガンダにはいくつかの必須要素があるようだ。
その中でも確実におさえる点は、「こちらはこんなにも真摯で気高く正直であるのに、あちらは野蛮で暴力的だ」と伝えることらしい。
こちらの真摯さを無視して暴力的にふるまうから、あちらはもはや敵、という文脈だ。
漫画で「仲良くしようとしてるのに、いじめてくるの~」と言って味方を増やそうとするキャラクターが出て来たりするが、これと同じ方法だと思う。
漫画ではこういうのは罰せられるが、現実世界では効果抜群らしい。
第二次世界大戦の演説内容を見ても「大衆扇動が上手い」とされる人ほど使っていたし、当時のポスターの絵でも自国民を描くときは美男・美女に必ずなっている。
同じフランス革命で、暗殺された革命家・マラーがいる。

彼の死もダヴィッドは絵画にしているのだが、現実のマラーの見た目をだいぶ無視し、かなりの美男に描かれている。
ジョゼフ・バラの死についても、このポイントが採用されているとみれる。
彼を「美少年」とすることで、享年の若さに対する驚きとともに、大衆を革命派に流す仕事をさせたのだ。
まとめ

今回はジョゼフ・バラと、「美少年」として為した仕事についてお話してきた。
「共和国万歳」と叫んで処刑されたときも、王党派に「国王万歳と言ったら命は助けてやる」と言われていたのを振り切ってのことだったらしい。
ダヴィッドの絵画を見ると「たおやかで柔和な一般市民が革命運動に巻き込まれたのかな」という印象を受けるが、エピソードを聞く限り、かなり根性と肝っ玉の据わった子だ。
この静と動のギャップもまた、神話化されたジョゼフ・バラの魅力を増幅していると感じる。
政治家ではないし少年なので、根拠のある史料は本当に少ないだろう。
だがそれでも僕は、エピソードとしての魅力的なバラとともに、等身大のバラについても知りたくなっている。
源義経もその悲劇性から美少年として描写・創作されてきたが、美少年は悲劇とセットになりやすい。
美少年を調べていると、彼らにベーシックインカムや労災や権利保障などの面で保護しなくては…という気持ちにさせられる。
プロパガンダや主義主張も使うべきところでは大事だが、実際的な面の保護も同時にできていたら、ジョゼフ・バラも生きてまっとうすることができただろうな、と思った。