
西暦1600年、日本で関ケ原の戦いが起こっていた頃。
イタリアではバロックが幕を開けようとしていた。
そのイタリア・バロック画家の代表がカラヴァッジョである。
本名・ミケランジェロ・メリージ。100年前のルネサンス期にレオナルド・ダ・ヴィンチと並んで評されるミケランジェロ・ヴォナローティと同じ名前だ。まぎらわしいので、出身の町名「カラヴァッジョ」呼びに統一しよう。
カラヴァッジョの作品を観ると、圧倒的な闇と、そこに浮かび上がる神々しい人々に目を惹かれるだろう。

僕も中学生のとき初めて観て以来、この闇の中から浮かぶ肌、布、石の存在感にまいってしまっている。
と、同時に
「男の子が美しい、美少年だらけ…!!」
そう、美少年画が大量にあるのに大感動したのである。
目次
カラヴァッジョと美少年画
宗教画と静物画の融合

この頃のイタリア・ローマの絵は、キリスト教の宗教画がメインだった。
つまり、イエス様やマリア様、洗礼者ヨハネ、聖・誰々、のようなタイトルばかり。当時、聖職者が1番権力を持っていて、画家や彫刻家のパトロンだったというのも理由の1つだろう。
一方で、イタリアの北にあるフランドル地方では「写実主義」が芽生えはじめ、実際のリアルな生活の一部を丁寧に切り取った絵が流行する。
リンゴや花などの静物画がそうだ。
カラヴァッジョはこの写実主義の影響の濃い北イタリア・ミラノに生まれ、最初の画家弟子入りを果たした。
その後、ローマに出て、人物メインの宗教画の流行りに影響され、文化のミックスが起こり、「美少年が生活感ある雰囲気にいる絵画」が生まれたのである。

宗教画が「雲の上の存在」なら、カラヴァッジョの美少年画の「会えるアイドル」感がすごい。
画家はモデルを雇う
人物画を描く絵師は、描きたい人物に合ったモデルをアトリエに連れてきて描いている。
これは宗教画・風俗画問わずそうである。
カラヴァッジョもモデルを使って絵を描いた。
カラヴァッジョの描く美少年画群は、色んな見た目のタイプの少年が登場している。
つまり、美少年が身近にわんさかいる環境だったのである。
美少年モデルたち
同業にして舎弟・マリオ
歳の近い元気な弟分、マリオ・ミンニーティ。

右の丸顔の若者がマリオだ。ふっくらしたリンゴほっぺ…というと、江戸川乱歩の好みそうな美少年である。
話を戻そう。
マリオは南イタリアの島・シチリアの出身の画家で、とある画家の工房に出入りしていたとき、同じく無名でその工房で手伝いをしていたカラヴァッジョと出会う。
その後カラヴァッジョがデル・モンテ枢機卿に見出され、その邸宅に移り住むときは一緒に行き、同居を始めるのだった。
カラヴァッジョといえば重厚で静かな絵柄とは裏腹に、酒に喧嘩に警察のお世話になりまくる人で、そう聞くとマリオもよく一緒にいたな、と思ってしまう人もいるだろう。
だがしかしマリオも血の気の多い性格だったようで、遊び歩いては喧嘩をかましていた劇的な性格のカラヴァッジョと馬が合った。問題なかった。
そんなカラヴァッジョの絵のモデルにしばしばなってマリオは登場する。
愛人説も存在し、2007年映画「カラヴァッジョ 天才画家の光と影」ではカラヴァッジョが病んでいるときも元気で遊んでいるときも傍にいる、精神的支えとして描かれていた。
愛人説の真偽はともかく、晩年、殺人を犯し逃亡をするカラヴァッジョをシチリアで匿って、絵を描く仕事を与えて助けたのもまたマリオだった。
枢機卿邸宅の美少年たち
無名のカラヴァッジョを拾い、マリオともども自身の邸宅に住まわせたデル・モンテ枢機卿は芸術や教養が大好きだった。
よって、枢機卿の邸宅にはカラヴァッジョのように画家、音楽家、詩人などなど、芸術家が出入りしていたのである。

当時の音楽界は声楽が主流で、男性歌手でも少年時代の天使の歌声を保つために去勢をしたカストラートが存在していた。
この絵は、デル・モンテ邸に出入りをしていたカストラートをモデルにしたと言われている。
モデルが豊富だったのか、この時期の作品は少年画が多い。

神話モチーフを少年と静物画を併せて描いた作品も多かった。
それから徐々に、宗教画も描くようになっていった。

あらゆる聖人・俗人を描く宗教画でも、カラヴァッジョの天使や青少年の表現は初期の美少年画からのリアルさ、色気が引き継がれている。
まとめ
カラヴァッジョは自分をモデルにした人物を絵に描きこむことも多く、初期の美少年画にもその姿を見ることができる。
大人になって自分の息子をモデルにしたり、パートナー男性をモデルに美少年画を描く画家もいるが、カラヴァッジョは38年の短い生涯で、事件を起こしたり逃亡したり重傷を負ったりした中、これだけの美少年画がある。
それは晩年の宗教画でも同じだ。

生涯は38年で短いが、カラヴァッジョは作品を多く残している。その画風を継いだ「カラヴァッジョ派」の作品も多い。
それらを観るたび、僕は闇から光に浮かぶ美少年へのこだわりにやられる。